デザインについて(1)

こんばんは。
ある本をよんですこし考えてみたことがあるのでまとめさせていただきます。
私は美大を卒業後、3年間IT企業でデザイナーとして働き、いまにいたります。

まず、デザインのことを話す前に、〝「売る」から、「売れる」へ。 水野学のブランディングデザイン講義"という本から、「センスがいいとゆうこと」について引用させてください。

世の中で語られるときには、だいたいセンスには「いい」「わるい」とゆう言葉がついてまわりますよね。「きみはセンスがいいね」とか、「あいつ、服のセンス、わるいよな」とか。
ぼくはまずここに疑問を感じました。センスって「いい」「わるい」で語れるものなんだろうか、と。
たとえば、あるミュージシャンの音楽を、ぼくの友だちは大好きだという。
でも、ぼくはそのミュージシャンの音楽をそんなにいいとは思っていない。
こうゆうときそのミュージシャンの音楽はセンスが「いい」のか「わるい」のか。
きっとぼくのその友だちに訊けば、センスが「いい」と答えるでしょう。でも、ぼくはというと、センスが「わるい」と答える。
つまり、客観的に「いい」「わるい」と決められるものじゃない。センスは「いい」「わるい」で語れるものじゃないんです。
じゃあ、センスって、いったいなんなのか。
不思議に思って、さらにぼくは考えてみました。そうやってたどり着いたのが、つぎの結論です。

「センスとは、集積した知識をもとに最適化する能力である」

どういうことかというと、ぼくらはなにかを選んだり、決めたりするときに、生まれもった才能を頼りにしているわけじゃなく、自分がそれまで蓄積してきた知識をもとに、最適化をはかっているんじゃないか、ということ。

 

上には、成長する中で目にする情報から視覚的にセンスが「いい」「わるい」をだんだんと判断するようになっていく、ということがかかれています。
そうして思い返してみると、子供時代、親の反対を押し切って、めちゃイケてると思って着ていた服は、一般的な大人から見ると、センスわるっ!みたいな服だったりします。
どうやら様々な経験をして大人になった私たちは、どういうものが美しいか、という事をたくさんの情報(Simple is best の概念など)から最適化する能力を身につけたようです。

その話を踏まえて、センスのいい=デザインできる=たくさんの知識を身に着け視覚的なコミュニケーションに長けている、とゆうことになります。
つまり、デザインをするひとは、情報が人からどうみえるか(人からどう見られたいか、人に生まれたからには、人に好かれたい。ではどうゆうものが人に好まれるのか、など。)いろんな立場にたって考えたり、経験したり、知識を身に着け試行錯誤していくことが必要だと思いました。

デザインについて(2)へ続く

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