椎名林檎の「余興」という曲の歌詞に、こんな一節があります。
どれだけ美味しく高価なお酒が有ったって、今日まで怠惰に過ごしていちゃ味もわからない
この歌詞が最近調べていたカントの哲学とリンクしたので今日はその題材でコラムをかきたいと思います✨
カントは「無条件に良いものは、ただ善い意志だけだ」と言いました。
この言葉を紐解くと、お金や成功、名声、そして才能や知性など、一見いいものに見えるものもそれをどう使うか次第で、良くも悪くも転んでしまう。
だから、それ自体は「無条件に善い」とは言えない。
高価なお酒=どれだけ映えるハイライトも、人生のご褒美やチャンス」も、ダラダラ逃げてきた今日の延長線上で、自分の頭で考えず「意志」の外でにここまで来てしまった状態だと、「味がわからない」のかもしれません。
「どんな成果を出したか、よりも、どんな意志で過程を歩んできたか」。「どんな酒か、よりも、どう今日を過ごしてきたか」。
この2つが、実は同じ意味あいなんじゃないかなって感じました。
同じ曲に、こんな歌詞もあります。
徒党を組んでいたり、太っている時は叱って
こと切れる瞬間まで何時も成長をしたいよ
ここも、めちゃくちゃカント的だなと。
前途にも通じますが、「結果がすごいかどうか」よりも「どんな動機で行動しているか」に価値があると考えます。
誰かに褒められるからでもなく、上司に評価されるからでもなく、
自分の中の「こうありたい」という基準に照らして、自分で自分を軌道修正していく。
この揺れ動く行動と迷いの中に、結果とは別の次元の「生きる意味」があると思うんです。
また、この考え方で好きなところは、おじいちゃんであろうが、チャラ男であろうが、極悪人であろうが、貧乏であろうが、誰でも実行可能という所です。
「今から、こう生きよう」と決めれば、そこが例えめちゃくちゃ散らかった汚部屋であっても、いつでもスタート地点なんです✨
ここから、今の時代の話に少し寄せてみます。
生成AIが仕事や創作のあちこちに入り込んできて、やろうと思えば、短時間でかなりの部分をAIに任せることができるようになりました。
便利さの一方で、「成果だけなら、人間がやる意味ってなんだろう」といった不安も顔を出します。
だからこそ、この過程に価値を見出す感覚と無条件に善い意志が、ますます大事になると思っています。
ここに、人間側の本質が残り続けるのではないでしょうか。
AIが優秀であればあるほど、「成果や結果」という物差しだけで、人間を測るのはどこか違うよね、という感覚が強くなるはずです。
「過程に価値を見出す」という話は、人間関係や仕事や生活の中で、AI時代にどう生きるか、に繋がるんだろうなぁって思いました👶🌎
編集者:Yuka Fujimoto
Webディレクター。美大在学中に、画面ひとつで世界中の人と繋がれるWebの可能性やデザインへ興味を持つ。インターンを経て就職したIT企業で実務経験を積む。肉より魚派🐟
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