【CV達成27%⤴ 】月間80万人に読まれるオウンドメディア「データのじかん」サイト改善の裏側
この機能を見たとき、これは日本人向けのサービスらしい仕様で面白いと感じました。
なので、本日はこちらを題材に、これからのUX実装のヒントになりうるコラムを書いていきたいと思います。

LINEは日常的に老若男女問わずコミュニケーションとして使われているSNSです。
なので、おのずとプロフィールは自己を表現するものとなります。
ただ「推しの画像にしたいけど取引先には見せづらい。仕事用にすると、今度は友だちに堅い印象を感じさせそう。」仕事相手も、友だちも、家族も、同じLINEにいるから、プロフィールを全ての人へ最適化されたものは難しすぎる!
この機能は単なる便利ツールというより、日本人の根本をそのままUXに落とし込んでいる所が面白いなと思った。
平野啓一郎さん「分人主義」を彷彿とさせる。
ざっくり言うと「人格はひとつではなく、関係ごとにいくつも立ち上がる」という考え方で、仕事の自分、家族の自分、親友の前の自分、全部同じにはならないし、ならなくていい。むしろ、それが自然と肯定してくれる。
この感覚は元々日本人にとって馴染みがある。場に合わせて話し方を変える、敬語とタメ口を切り替える、相手の空気を読む。
実際、私自身も「自分ってどんな人なんだろ?」という自我形成の過程で抱きがちなモヤモヤを、解消された感覚があったので好きです。
私たちは産まれてから社会で生きる手段の一つとして自分の出し分けをして生きているから。
たぶん、多くの人が求めているのは「見られたい自分」と「安全な自分」のバランスなのではないでしょうか。
相手に見せる自分の見え方を、ユーザーがコントロールできる事で、誤解を減らすことができる。
仕事相手に不要なノイズを渡さない、友だちには気楽な自分を出せる。結果として相対的な関係としての安心してコミュニケーションできる、社会の中で生きるコミュニケーションでの関係が壊れにくくなることを求めているのでは?
一方で、この種の機能は、扱いを間違えると、ユーザーを疲れさせる面もあると思った。
周囲の空気が「出し分けて当然」になった瞬間、運用コストが跳ね上がる。誰に何を見せたか管理するのは意外と大変で、「切り替え忘れたらどうしよう」という不安も生まれる。便利だが、気疲れの原因になってしまう。
スクショ文化がある以上、「相手ごとに違うプロフィール」を完全に秘密にはできない。もし友達が自分と他人にプロフィールが違う場合、「私に対してこう思ってほしいんだ」「気にしすぎだろ」とかマイナスイメージになることもあると思う。なので、ここは設定できるだけでなく、「それが当たり前」文化を作ったりヘルプの出し方も重要になるのでは?と。
見せ方を変えられることは、なりすましや印象操作に使われるリスクもある。だからこそサービス側は、通報導線や不審行動の検知、被害を最小化する仕組みをセットで持つ必要がある。
今後この機能が、需要があり残っていくかにも注目していきたい。
この機能から学び、個人的に嬉しかったのは、「人は一貫した自己だけで生きていない」という現実を、LINEというプロダクトが許容し始めたのを感じられたことです。
ただしUX的な目的は、サブプロフィール自体を目的にするのではなく、それによってユーザーが自分を守り、関係を壊さないための編集権を持てることにある。
サービスは、ユーザーの感じ方とセットで初めて価値になるから。
「本当の自分は1つ」というある意味、人間、個の意志を絶対とした、キリスト教や西洋哲学的な前提を疑った例だと思う。
そう思うと、UXを改善したり考えたりすることは、人間の心とすごく関係していて、改めて奥が深くて面白いなぁと思いました😊
編集者:Yuka Fujimoto
Webディレクター / デザイナー。美大在学中に、画面ひとつで世界中の人と繋がれるWebの可能性やデザインへ興味を持つ。インターンを経て就職したIT企業で実務経験を積む。肉より魚派🐟
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